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刺激と反応との間のスペース

「責任」を英語でレスポンシビリティと言います。

レスポンシビリティ(responsibility)は、レスポンス(response=反応)と
アビリティ(ability=能力)という二つの言葉でできています。


刺激によって自動的に反応が起こるのではありません。

人間は、刺激に対する反応を自由に選択できます。

その刺激に対する反応を自由に選択できる能力こそが、
責任の根拠となるのです。


例えば、僕が、ある人から悪口を言われたとします。

この時、僕がそれに立腹してその人を殴ったら、
僕はその責任を負わなければなりません。

なぜなら、殴らないという反応を選択できたにも
かかわらず、あえて殴るという反応を選択して
しまったからです。

つまり、選択の自由がある中で、特定の反応を
選択した場合、僕はその反応についての責任を
負わなければならない、ということです。


この理論をもう少し発展させてみましょう。

嫌がらせ被害に対して、怒らないという選択ができた
にもかかわらず、僕が怒るという反応を選択したならば、
その怒りという感情を抱いた責任は、僕自身にあります。

(加害行為自体の責任は、加害者側にあることは
言うまでもありませんが)

もっとも、怒らないという選択ができないほどの
過酷な嫌がらせ被害を受けた場合には、怒りの
感情の責任を被害者側に負わせることはできません。


刺激と反応との間にはスペースがあります。

そのスペースが広がれば広がるほど、
僕たちが負う責任は大きくなるとともに、
僕たちはより大きな自由を獲得できます。


さて、加担者の責任について考えてみましょう。

彼らは、集団ストーカー犯罪に加担しないという選択が
できたにもかかわらず、この犯罪に加担しています。

彼らは、倫理観が欠如していたが故に、この犯罪に加担
することを選択したのです。

当然、彼らは、この犯罪に加担したことについて、
責任を負わなければなりません。


反応を選択する自由が存在すること、
それこそが責任の根拠です。
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